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2018年2月4日愛宕神社から、またJR保津峡駅から、嵯峨水尾に集い鍋料理を囲む会を楽しみました

2月の愛宕山は雪山?

雪、それは子供のころから
ご褒美をもらった様な不思議なもの

まるで魔法にかかった?かの様に

いつも見慣れた風景が
一晩で、白と黒の世界に変わってしまう

大人たちのしかめ面を、横目に
はしゃぎまわって、雪まみれ ‥ 叱られて

雪は日本の風景をより美しく見せる名脇役です

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2月の愛宕山は低い山 (924m) とはいえ
自分の体力と相談して、慎重に準備しました

雪山で目立つ色と云われる
赤いハードシェル、長い目の青いスパッツ

登山靴はしっかり防水
軽い簡易アイゼンとストックを準備

サーモスにお茶を入れ、チョコを持ち
あとは、「元気」 と 「根性」 をちからに変えて・・・

2月4日は、いい天気で、 少し雪焼け
でも、さむ~い日曜日


「二之鳥居」から1時間程の五合目小屋で
やむを得ず、アイゼンを付けて

やがて、ザック、ザックという音が聞こえ
やっとのことで登りきりました

嵯峨水尾へ下山して
いただいた、あたたかい香りの柚子風呂
美味しいすきやき と ビール が忘れられません!

『生きてきて よかった ‼』

------   愛宕山   ------

愛宕山は京都市の最高峰、嵐山の北,
古くは、山城の国と丹波の国の境に位置し

山頂には愛宕神社 (阿多古神社) が鎮座しています

京の都で最初に、朝日に輝くことから
朝日峰(あさひがみね)とも称されています

山頂の気温は市街地に比べ10度程 低いため、
桜は1ヶ月ぐらい遅く、4月20日頃に開花

愛宕山は決して侮ってはいけません
登山口からの標高差をみると

清滝 (100m) から愛宕山 (924m) への標高差は約800mです
これは北アルプス穂高連峰、奥穂高への 山岳登山道と比較すると

上高地バス停 (1500m) から涸沢ヒュッテ (2300m) までが1日目、
涸沢から穂高岳山荘 (2996m) までが2日目ですから

標高差800mは立派な山岳登山です

また、いきなり急な階段ですから、体調や気候に左右され
やはり、準備と覚悟が必要です


愛宕神社は京滋地区の人々から
防火・鎮火の神様と親しまれています

ここのお札 「火迺要慎 (ひのようじん)」 は
どの家の台所にも貼られており
ありがたがられています。

お札

全国に900社余りあると云われる「愛宕神社」の総本宮です
宝亀年間 (770-780年) に和気清麻呂(わけきよまろ)

勅を奉じ (ちょくをほうじ = 天皇の命令をうけたまわり)
創建したと伝えられています

東京港区にもあり、芝公園の支社から、歩15分ぐらい
NHK放送博物館の横を通って行くと

神社正面にある急な階段を登らなくて済みます
扁額には同じような「愛宕神社」が取付けられています

扁額1

-------- ハイキング紀行 --------

いよいよ出発
JR嵯峨嵐山駅から徒歩15分程で、京都バス 「嵐山天龍寺前」 バス停に

愛宕山地図

さらに 20分程でバスがようやく通れる程の、狭い「清滝トンネル」
抜けたら終点 清滝バス停 です

清滝トンネル70

「清滝トンネル」には昭和19年まで「愛宕山鉄道」が走っていました
清滝バス停側 からトンネルをみると、右側の少し広いところにホーム

駅舎は現在のバス停の位置にあったそうです。
詳細は幻の愛宕山鐵道をクリックしてください

バス停80

清滝バス停のすぐ横にある急坂をくだると
赤い渡猿橋のそばに、与謝野晶子の碑文があります

歌碑


与謝野晶子の碑文

ほととぎす
嵯峨へは一里
京へ三里
水の清滝 夜の明けやすき
晶子

与謝野晶子の処女歌集「みだれ髪」には京情緒を
詠んだものが少くない。
特にここ清滝をうたった秀歌数種がある。
その中でもこの歌は
平明で流麗 初夏の朝の清滝の風情をよく表現している。
この歌は「明星」の明治34年7月号に
発表されたもので、同年5月頃の作と推定される。
おそらく里の秋、ここに夢ある清滝や母に具されし
「十七の秋」とよんでいる如く、少女の頃 母と共に
ここを訪すれ一夜をすごした折々の情景を
「ほととぎす自由自在になく里 (正しくは聞く里) は酒屋へ三里、豆腐屋へ二里」
という顕光 (正しくは頭光) の短歌に ヒントを得てつくったものであろう。
誠に晶子の才気と 歌の世界の素晴らしさ、
絶賛に値するといわねばなるまい。
この碑は 最初昭和33年4月に作られ
39年に一度修復されたものであるが
長年の風雨と心なき人々のために
欠落して判読もできなくなったので
晶子生誕100年を記念して みだれ髪の会によって作り直され、
渡猿橋 直下右岸の自然の崖璧に歌碑を打ち込み
清滝保勝会に寄贈された
しかし、この歌も読めなくなり、 
やむなく渡猿橋下流の左岸に石碑で清滝保勝会が建てた。
文字を書いたのは祇園の歌人といわれる故吉井勇先生である。

平成26年12月24日  清滝保勝会


この橋を渡り、左に清滝川まで下りると、
与謝野晶子の歌碑があります。

晶子 歌碑

「ほととぎす 嵯峨へは一里 京へ三里
          水の清滝 夜の明けやすき」


この歌は17才の晶子が母親と清滝を訪れた時に詠まれ
すがすがしい清滝のイメージに淡い人恋しさを覚え

嵯峨野のさわやかな風に揺れる竹林を胸に描き
いにしえの古都、京を連想させられます
京の都の素晴らしさを清滝とともに詠みこんでいます

もう一首、高野山は奥の院への参道沿いにある
有名な歌碑を紹介します

「やは肌の あつき血汐にふれも見で
               さびしからずや 道を説く君」

晶子のこの歌への想いは

人は誰でも、個人の理性ある立場あるいは
人と交わる日々の生活による社会的な立場で
自分が正しいと想う姿を描きながら行動しています

また他人からその姿を要求され、それに応じて
生きることが「おとな」の姿でしょう

でも、一方では、本能的行動というか、
喜怒哀楽を始めとする、たくさんの感情の部分で

隠しきれない、抑えきれない、
自分に嘘を突き通せない、自分を殺しきれない、
人として大切で正直な感情があります

自分に正直に生きるって難しい
けれど、たった一度の人生なので
後悔の無い様にしたい

これらの立場と感情がうまく組み合わさっている事を
常に確認しながら行動することが「良識あるおとな」の姿でしょう

一番人間らしい姿であり、魅力的であると想います。
これが晶子の言う 「あつき血汐」 ということではないのでしょうか

与謝野晶子が明治末から大正の男尊女卑の時代に
母性保護等の婦人解放論、さらに政治,教育,社会の問題に

およぶ幾多の評論したことが好評価されているのは
いかに豊かな洞察力と見識の持ち主であったことを証しています

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山頂の愛宕神社までの表参道は、ここ清滝の渡猿橋がはじまりです
「二之鳥居」をくぐると 山頂まで約 4.2 キロ

二の鳥居30

標識として、古い丁石(町石)があります

建立年代不詳ですが1.3キロ離れた
化野 (あだしの) の嵯峨鳥居本にある

「一之鳥居」を起点に、五十丁(約5.5km)として
1丁毎に板碑又は地蔵が建てられています

丁石22

もうひとつが、黄色看板
これは地元消防団の手作りです
山頂まで 40/40 なので数字を追っていくと

看板

いろいろな注意ごとが わがまま顔 に書いてあります
平素の事を思えば、それほど気をつかわなくて済みそうです

少し登ると右側に「愛宕山鉄道の鋼索線ケーブル跡」があります

愛宕山鉄道40

お助け水 天候により水量が変わります
ちょろちょろと出ています

胃腸の弱い人は呑まない方がよいかも?

お助け水

ここを過ぎると、
急傾斜の石段が続きます

石や丸太が組まれた階段を登ると20丁目一文字小屋跡があります  
雪が少しずつ出て、白いところが増えてきました
今日は、木の上には雪がないので、落雪の気遣いは無用

小屋の上70

さらに登ると25丁目なか屋跡に到着です
ここで休憩する方もたくさんいます

25丁目 30

足元に氷が増えて、時々滑るようになり
気を使う様になってきました

五合目小屋でアイゼンを付け、一層足元が重くなります

五合目小屋40

五合目小屋からの登り道は雪と氷が混じり滑り易くなっています

五合目から登り01

雪が解けて氷になり、その上に雪が積もった状態です

もう一息、登ると大杉社に到着です。
頂上まであと半分、気分が昂ってきました

この先で嵐山方面に視界が開けるところがあり
桂川が曲がりくねっています  
美しい景色が楽しめます

嵐山方面

昔、この辺りでかわら投げが行われていました

谷側への滑落危険個所が2、3カ所あるが、
いずれもしっかりロープがはられているので安心です

ここを過ぎると水尾の分岐点が見えてきました
このあたりまで来ると、急激に気温の低下を感じました
一面に雪景色です

水尾分岐

アイゼンのザック ザックという懐かしい音を聴きながら
こんな雪の中なんとかここまで来れた〜
若いころに味わった何とも言えない熱き達成感・・・ いいですね!

使用した簡易アイゼン 軽量ながら
フラットフィッテングによりダイレクトアッセント(登り)および
フェイシングアウトディッセント(下り)が可能です
(足の方向は進む方向でよく、変えずに坂道が歩けます)

アイゼン40

分岐点を少し登ったところから右の脇道へ
少し歩るくと 「愛宕山鉄道 鋼索線の愛宕駅跡」に

ハナ売場の小屋です
7/31、8/1の千日詣りには、水尾の女性達が花を売るために開けるそうです

IMG_0220.jpg

ここから先が 通称 頑張り坂と呼ばれています
参拝者が多い為に踏み固められています

花屋の上

しばらく行くと、目印の倒木が現れました
さらに登ると昨年の台風で倒木した箇所があります

道の上に横たわる倒木を過ぎると
まもなく黒門が見えれば山頂はもうすぐです  

黒門

ここまでくれば神社入口まで100mです
神社に寺院門があるのは珍しいですが、
かつてはここから先が神仏習合の白雲寺 (はくうんじ) の境内だった

明治の神仏分離令により白雲寺は破却されて
愛宕神社となり、黒門が遺構として残されています

しばらく登ると境内の広場に出ます
先行者が少ないようで、モフモフの雪を少し楽しんでみました

IMG_0254.jpg

山頂近くに、こんな広く平らなところがあります
境内には雪が多く、トイレ、自動販売機や休憩所があります

社務所

広場の南側からは京都市内が一望できます
京都御所の向こうが大文字山です

北京都景色

あと、もう一息 足元を見つめながら・・ あと「根性」しか残っていないなあ~

総門下30

長い階段が続き、この総門にたどり着きます

総門45

自分の歩いてきた道を振り返るときが
山登り中の一番のご褒美だなぁ~と
いつも感じてしまう

最後に急な石段があり、ふたたびの試練です

見上げると
圧倒的な冬のブルーの空が広がっています

なんて気持ちが良いんだろう  空気がきれい

愛宕神社

そこを上ると愛宕神社の拝殿に到着です。

お詣りを済ませ、みなさんから依頼されたお札を購入
ストーブがある休憩室で冷えた身体を温めて休息

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

下山は社務所を通り抜けたところを右手に
水尾へ最短コース 「社務所裏西南脇道」 を

はじめての、興味津々の下り道
歩きはじめは、人ひとりが通れる程の狭い道

フワフワの道80

急斜面であまり足跡がなく、フワフワの雪道です
適切に間伐された美しいスギ林が続きます

第3ベンチ

第3ベンチ

第2ベンチ


第2ベンチ

このあたりまで下がってくると、斜面も傾斜がゆるくなってきました

裏路60

表参道の水尾分岐からの道に合流しました
標識にはなぜか?「行き止まり」とあります

分岐

分岐から少しくだると「柚子の里」の看板があり
水尾地区の歴史が記されています

水尾看板

柚子の里 水尾

水尾は、昔は山城と丹波の両国を結ぶ要所に当たり、
早くから開けていたらしく、東の八瀬 大原に対し,
西の水尾も大宮人には,よく知られていたようである。

源氏の、ご祖先清和天皇は御退位後,水尾に住まわれ
この地を大変お気に召されて,ここを終えんの地と定められた
そのご遺詔により水尾山上に葬ったのが今の水尾山陵である。

水尾には,千百余年の歴史や、風俗習慣が今も残っている

古老制(右家、左家)とか頭式祭、侯中式事等…又
鎌倉初期から庶民の間に広まった盆行事の一つである
「盆灯籠」も、現在も続けられて水尾円覚寺で行われ
灯籠建てが終わると、この灯籠の前で六斉念仏が始まる
六斉が行われるのも決してお盆だけではなく,
供養、念仏、門念仏にも出かけ、山里の生活にとけこんでいる。
又水尾は山林が大部分で、耕地は少ないが、
風土が適しているのか、栽培法が良いのか、各種の果樹が繁茂し、
柚子、梅、柿、びわ、山椒、南天等,四季を通じて産出したが、
現在は、柚子と梅が特産物とされている。柚子風呂は
柚子風呂は輪切りにした柚子を二、三十個木綿の袋に入れて、
湯舟に浮かべ入浴する
これは古くは、聖武天皇が冬至の賀に始められ、
身を清め邪気を払い,心身共に清浄化すると云われている
今では十数戸の家で、予約制であるが、入れてもらえる。

うつくしき,山あり,水あり、人のあり
また訪ねみん、柚子の里

平成十六年十月
水尾地域振興委員会


ここまでくると、さすがに膝が痛くなります
ストックで身体のバランスを保てたので
膝への負担が軽減されています

やがて、水尾の里があらわれて、ひと安心
みなさんがお待ちしている、目的地の「つじ 」に急ぎました

温かく、よい香りの柚子風呂で身体をいたわり
美味しいすき焼きとビールで乾杯!
充実した達成感と安堵感により、満たされたました

京都で柚子と言えば「水尾の柚子」です
「水尾の柚子使用」とわざわざことわって
ケーキなどが売られています

水尾からJR保津峡駅まで帰り道は水尾自治会バスが利用できたり
「つじ」のお女将さんにはたいへんお世話になり
ほんとうにありがとうございました

嵯峨水尾75B

JR保津峡駅前

JR保津峡駅C

嵯峨水尾へのアクセスはJR保津峡駅から4キロほど、1時間20分程度の道のりです

水尾地図

目をつぶって、今日あったことを思い出してみましょう 
明日はきっと、もっと良い日になるはずです


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