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2018年11月25日京都迎賓館を体感する会に集う

2018年11月25日 午前10時30分 
すっきり気持ちよく晴れた日

 京都の観光客が1年中で一番多いと言われる日
 JR京都駅烏丸中央改札口前に18名が集合しました
 
 紅葉が綺麗な京都迎賓館前で
京都迎賓館前集合写真

 改札口前は大勢の人でごったがえし
 構内放送も聞き取りにくい状態でした

 まわりにいるたくさんの人を見ていると
 こころ待ちにしている顔を見つけると

 ニッコリ 微笑顔になります よい風景ですね

満員の地下鉄で「今出川」へ「今出川御門 (いまでがわごもん) 」から
「京都御苑 (きょうとぎょえん) 」内を「京都迎賓館」へ

京都御苑地図85

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京都迎賓館は、日本の歴史、文化を象徴する都市、京都で
海外からお招きした賓客へ心をこめてた「おもてなし」を

日本への友好と理解を深めていただくことを目的に
2001年 (平成13年) 11月着工、2005年 (平成17年) 3月竣工
2005年4月に開館した国の迎賓施設です

東京赤坂にある迎賓館にも、和風別館があります
本館は異国文化を模倣した豪華絢爛の宮殿で

日本に こんな建物があるのだと思うほどです

和風別館もちょっと違った異次元和風の様で
日本人として、少しなじめないところがありました

東京迎賓館 合成

ところが、京都迎賓館の「現代和風」は
現代に生きる私たちが共鳴できる
とても親しみやすい雰囲気があります

建設された場所は江戸時代に公家たちの邸宅が
建っていたところです

写真の白く見えるところが玄関前のひろばです
建物の南半分 (左下) には、会議、会談、晩餐、管理施設が
北半分 (右上) には賓客のための宿泊施設 (非公開) があります

全貌

詳細は 『京都迎賓館』 を参照ください

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周辺の自然環境や歴史的景観と調和を図るため
設計コンセプトは2つ

ひとつ目は 「現代和風」 です
 日本建築の長い伝統の技と美しさを現代の建築技術と
 融合して「現代和風」の創造を目指して設計されました

ふたつ目は 「庭屋一如(ていおくいちにょ)です

 「庭屋一如」とは四季を愛し、自然と共に生きてきた
 日本人だからこそ持つ美意識

 日本の伝統的な住宅の考え方で
 建物と庭との境界が溶けあうように共存し
 一体化している様を表しています
 
 自然に包まれることで心が癒されて
 静寂なる空間に身を置くことで
 五感を研ぎ澄ますことができます

日本古来の入母屋 (いりもや) 屋根と数寄屋 (すきや) 造りの外観は
品格のある和風の佇まいを創出しています

さらに清らかな池と草花木の庭が美しく調和し
建物と一体となった空間はみごとで趣があります

中庭20

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館内は柱が少ない大空間を支えているのは「現代の構造設計」である
また照明器具や空調機などの設備設計には

最新の技術が駆使されています
その意味では現代建築です

京都迎賓館の玄関
迎賓館 玄関20

館内は「聚楽 (じゅらく) の間」、「夕映 (ゆうばえ) の間」など
5つの大きな部屋があり

人間国宝の作者が創る作品が
数多く展示されています

館内は、いろいろと見て廻れて詳しい説明も
入口で無料 (入場料に含まれる) 借用できるレシーバーや
現場の説明員からも聞くことができます

京都には数多く名勝や旧跡がありますが
説明解説方法については優れていると思います

注意点としは手荷物などブラブラするものは
不用意に展示品にぶつけてしまわぬように
預けさせられますが納得できますね

館内を自由に歩き廻れるのは絨毯の上だけです
その絨毯もスリッパからはみ出した足や
手などで触れることも禁止です

撮影のために、ひざを突いてもソフトに注意されます
すなわち絨毯の範囲をスリッパで歩く (接触する) 以外
全て厳禁です

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いよいよ入館

いきなりのおどろき!
遠くから見えていたのですが

近づいてみると、玄関扉は欅(けやき)の一枚板
すごい・・
樹齢700年の福井産らしい


京都迎賓館の正面玄関 
玄関戸

扉の一枚板は、その高さ、幅共に見ごたえ十分です
これほど大きいものはめったにありません
不思議と抑圧感や重厚感は感じられません

大きな扉の取手は七宝でできています
伝統的な有線七宝技法によるものです

取手七宝

扉や天井にも、木目がそのままの形で残されています
これは自然と長く共存してきた日本人が持つ美意識です

天井には吉野杉 が用いられ、舟底形の天井になっています

入口天井30

木の持つ特有のぬくもりが感じられ
建物と調和した一体感が生み出されています

飾られる「生け花」は賓客へ
「歓迎の心」を表す「おもてなし」です

賓客の好みや、国の特徴によって
花器、屏風、花材を決め、しつらえているそうですが
この「和こころ」が判ってもらえるのでしょうか?

歓迎飾り30

玄関の間、そこから庭園を囲むように
長い渡り廊下が続いています

廊下1 20

床板にはハイヒールなどの靴底でも
傷がつきにくい特殊な加工を施した

(けやき) 材を使用しています
節目がないため、贅沢に均一な材質がとても綺麗です

障子の足元にさりげなく置かれているのが
京指物のりっぱな行灯 (あんどん) です
行灯は夜の京の町屋をあかりで飾ります

行灯dwc30

「折り紙」をイメージした行灯は本美濃紙を使用し
鉄や釘を一切使わない伝統的技法です

こちらも木で造られており
障子、床、天井の中に溶け込んでいるようです

京指物とは、釘をいっさい使わず
ホゾ (木と木をはめ込んで組み合わせるため、片方の穴に差し込むための突起)

組み合わせることで板や木を指し合わせる木工芸のことです
それをデザインする考えにも感心させられます

このような形を、釘や接着剤などを用いずに
作ることが技ですね

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和紙を用いた430枚もの明障子(あけしょうじ)があるそうです
障子は採光、遮風、断熱という機能面はもちろん

四季の移ろいを感じながら暮らす日本人にとって
たいせつな家具のひとつです

太陽の光が和紙を通って、柔らかい陰翳 (いんえい)
室内の床に映し出す「和の世界」を演出しています

障子を使うことで一面壁による抑圧感が軽減され
日本家屋の開放感が生み出されているのです

改めて、日本の伝統である
和紙や障子の素晴らしさを感じずにはいられません

廊下30dwc

ここまで廊下や室内を見てきたのですが
空調機などの設備をいっさい目にしません
近くにおられた説明員に尋ねると

「余計なものは、さりげなく隠されています」
障子の敷居が空調の吹き出し口になっていました

そのような設計を実現するのには
かなり高度な技術が必要で、まさに匠の技、ですね

また、障子は、通常の家庭用に比べて
少し大き目のサイズに造られています

海外からの賓客に「おもてなし」をするために
招かれたお客様の目線に合わせて

ちょうどよいサイズとして造る匠の技
日本人の忖度 (そんたく) が活かされています

障子を引いて片端に寄せて
縦桟が重なるとわかるのですが
3枚分の木目が、きれいに揃っています

和障子

冬目 (木目) がはっきりする吉野杉の
(たけのこ) 状の中杢 (なかもく) といわれる部分で
なかなかそろえられるものではないそうです

職人たちの気質は
京都では目を引くような装飾性は嫌われます
「落ち着きますな」 と言ってもらえる
ような仕事を心がけているそうです

「遊び心ですから、
  見てくれる人が気付いてくれなくても構いません」

ここにも伝統を重んじる京都人の気質が
隠されいても、脈々と受け継がれています

「技を見せびらかさず、見えないところに技を使う」

京都人の物づくり「京こころ」が感じられます

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京都迎賓館には一流の匠の一冊技が結集され
さまざまな用途に応じて設けられた美しき部屋のうち
代表的な五つの間と注目すべき調度品をご紹介しましょう

こちらが、「聚楽の間」 (ロビー) です

「聚楽の間」は細長い部屋、天井は少し低く
薄暗い照明、何ともいえず格調高く
落ち着いた雰囲気の部屋です

ろうそくの光で暮らしていたころ (大正のはじめごろまで)
明るさをイメージして設計されています

晩餐会や会合が行われる際に、待合室として使われる部屋です
聚楽(じゅらく) とは心安らかに過ごせるようにと

願って名付けられたものです
お越しになる賓客を木のぬくもりで温かくお迎えいたします

聚楽の間40

壁際には西陣織の美しい赤と調和した椅子が並び
薄闇に包まれた部屋を彩っています

椅子と花置き30

腰掛けて、ゆっくりと待つには心地よい場所なのでしょう

中央には人間国宝 早川尚古斎 (はやかわしょうこさい) 氏による
竹花器が置かれています

花台30

生け花による「おもてなし」
中央の竹花器には、来賓をお招きする際には

賓客の国で親しまれている花や季節に合わせて
飾られるそうです

私たちの身近のある竹細工の「ざる」や「花器」等は
竹の持つ「色合い」「素朴さ」や「しなやかさ」で
日本の美をあらわしています

花さしdw30

竹細工はを細く裂いて、編んでいます
「差六ツ目 (さしむつめ) 」という編み方で
竹かごを作る際に用いる技法です

薄暗い空間に真っ赤な小菊が咲くようにと
朱漆のひごを使って編んだ「色漆差六ツ目銘板」

花台20

緑の笹 (ささ) 模様が浮かび上がるのは「春」
小菊の赤色は「秋」をイメージしたそうです

ひごの色や太さを変えれば更に模様は違ってくる
人間の目の錯覚も関係しているのでしょうね

竹工芸で一番たいせつな作業は
竹の幅を均一に揃えることで
「巾引き」と呼ばれています

単純な道具ほど、技による差別化で
出来栄えが違います
微妙な力加減は職人技のなせるところです

これらの竹工芸は
京都の「茶の湯」とともに発展してきました

竹という素材本来の美しさはもちろんのこと
侘びさびの世界で培った「上品さ」が感じられます

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「夕映の間」
ここは会議室です
晩餐会の待合など多目的に使用されます

夕映えの間40

可動式の壁面は利用形態に応じてスタイルチェンジが可能です

壁面は京都の町中から眺められる「比叡山」と「愛宕山」の
夕映えの景色で彩られています

日本画家の箱崎睦昌 (はこざきむつまさ) 先生の下絵を基に
縦2.3m×横8.5mの綴織りの技を用いて製作された織物です

東の「比叡月映(ひえいげつえい)
比叡夕映30

山の稜線を目立ちにくくするために
色を入れずに縦糸と縦糸の間にできる隙間に色調を崩さないように

「ぼかし」を表現している様々な織りの技です
部屋内を移動して、視点を変えて楽しんでください

西の「愛宕夕映(あたごゆうしょう)
愛宕山30

「愛宕夕映」の一部を拡大しました
愛宕神社のトリイが描かれています

絨毯織り合成

下絵の色に基づいて織り上げています
「比叡月映」は374色、「愛宕夕照」は325色もの
染糸が使われているそうです

螺鈿 (らでん) の飾り棚「山紫水明 (さんしすいめい)
螺鈿とは、貝殻を薄くスライスして
漆器や木地などに埋め込んで模様を作る
伝統的な装飾技法です

螺電飾り30

その技法は気が遠くなる程の緻密さです

春 桜色  さくらの花のイメージ
春 桜のイメージ 30

夏 ミドリ  木々の緑のイメージ
夏 ミドリ 木々のイメージ30

人間国宝 十四代 今泉今右衛門 (いまいずみいまえもん)
白磁「色絵雪花墨色墨 (いろえせっかすみいろすみ) はじき
四季花文花瓶 (しきはなもんかびん) 」です
こころが高まりました

色絵雪花墨色墨はじき30

この色彩感覚を是非、真似をしてみたいのですが
「この色のとなりはこの濃淡の色」が難しい

陶磁器が好きな人には憧れの作家です
一つ作品が欲しい・・ でも、あまりにも高価・・

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京都迎賓館に入ると、
建物内を遮る柱がほとんど目につかないことに気づきます

夕映えの間 全体20

柱が無い分、開放的な空間に感じるとともに
建物の中央に造られた日本庭園を
パノラマ感覚で楽しむことが出来ます

このようにさりげなく、意識しないと気づかない
気配りがいたるところに・・

実はそれを実現するためには、かなり高度な技術を必要らしい

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「夕映の間」から中庭をのぞむ

掃除が行き届き、落ち葉など、ゴミひとつない
綺麗な池が当たり前のようです

中庭130

池にある円柱の石は、旧五条大橋のもの
また、池の底には敷地から出土した石が置かれています

大きな鯉が泳いでいる池は底の石が見えるほど水が綺麗

中庭230

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藤の間
迎賓館のなかでも随一の広さを誇る部屋です

藤の間20

洋食の晩餐会で使用され
日本の伝統芸能を披露できる舞台も併設されています

正面に飾られた巨大な綴織りの織物には、
四季折々の日本の草花が39種類も描かれています

晩餐室「藤の間」の壁面には幅16.6m、高さ3.1mの綴れ織り
うるわしの花と書いて「麗花 (れいか) 」が描かれています

華やかですが、落ち着いた部屋と調和しています
たいへん綺麗な色彩です

桜、藤、牡丹 (ぼたん) 、菊、・・
39種の日本の花々が咲き誇る

その美しさと技の見事さに驚かされます
すごい!

 花はひと言も語らないのに
 私たちを、こんなにもなごませて癒してくれます

藤の間 壁絵 30

画面の主役は花です
すすきの細い線を描く時は
横糸を柄の境目で折り返すときにできる

綴れ織り独特のすき間を利用した
花を引き立てながら、画面に奥行きを出すためらしい

壁絵20

原画の繊細な雰囲気を壊さないで
西陣織の特徴を伝えられるように

専門家を交えた検討会を20回も開いて
色彩や織り方を決めたそうです

染めた色は400色、それを混ぜ合わせ
最終的には1000色になったようです

月の輪30

見上げると和紙格子の照明が、輝いている天井
広い空間があたたかな光に包まれています

和紙格子照明80

「おもてなし」のメインは晩餐会です
テーブルの上を再現しています

高価な食器がセットされています
たくさんの料理が出されるようです

晩餐会のテーブル20

晩餐室「藤の間」に華やかさを添える錺金具 (かざりかなぐ)
とてもシンプルなのにとても華やか感じがします 

釘金具dwc30

近づくとわかりますが
点がつながって線をなしていることや

丸い粒が一つずつ寸分たがわず打ち込まれています
丁寧な仕事を施された金属には美しさがあります

国と国、人と人とを結ぶ場所になるようにと
願いを込めた、結び目のデザインです

(かざり) 金具の匠からメッセージ
「かなもんは、目についたらアカン
   ああ、かなもんがついてあるな、でいい」
  「京都迎賓館の仕事だから、と特別なことはしていない
   ただ、いつもと同じ仕事を一生懸命にやっただけ」
 
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「藤の間」の正面に飾られた巨大な綴織りの織物に
向かって左手に舞台が設けられています

舞台扉全容30

能楽、日本舞踊、狂言など、日本の伝統芸能が
ここで披露されます

舞台には白い「羅」の几帳 (きちょう) が置かれ
琴や雅楽の演奏を楽しむのでしょうか

白い屏風c40

舞台扉に使ったのは
金箔と銀色のプラチナ箔

金と銀とは互いの美の長所を引き立て合う
二つの色が交差するさまに

「人と人との出会いもそうありたい」との
願いを込めて創作されたそうです 

障子を開けて自然光を入れると
より優美に華やかに、崇高な雰囲気が漂います

尾州檜 (ひのき) の舞台扉に施された
金銀の截金 (きりかね) の表情が
ひかり輝いて微妙に変化します

金銀よりそう

きりかね30

六枚の箔を熱で焼き合わせた「合わせ箔」を作り
竹刀を用いて一本ずつ切る
そうした下準備に約一年かかったそうです

部屋の正面を飾る綴れ織りの中に描かれた藤と調和し
天蓋から下がる荘厳具の「瓔珞 (ようらく) 」を
イメージした文様です

南禅寺塔頭の光雲寺内に建てた仮設アトリエで
風の音や水のせせらぎ、鳥のさえずりを聞きながら
截金を施したそうです

 「扉を開閉する時、動きとともに光が反射してゆれ
  それが音色を奏でているように
  感じてもらえたらうれしい」と作者江里さんは話します

 「清浄な空間で、あれほど集中できる環境はなかった
  幸せをかみしめながら仕事ができた」と振り返られる

 長年培った経験、創作したいという熱意
 豊かなこころをはぐくむ環境

 完成するまで待てる環境が整って
 はじめて、いい仕事ができるし
 りっぱな創作ができるのです

藤の間庭240

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次の「桐の間」は純和食の晩餐室です

中央にはすごい座卓があります
12mの一枚板の漆塗り
こんな大きなものが創れる技がすごい!

桐の間50

漆を磨く仕上げに、3人の職人が丸3日間掛かり
漆がひずみなく、均一に塗り上げられている
ところを見ていただきたいです

手仕事の技と努力の結晶です
周りの景色が座卓に映り込むありさま
それは漆の黒鏡です

砥石と炭を交互に使い、研磨する作業
何度も何度も磨くことで
光沢のある美しい塗りが完成したそうです

この部屋の天井板はなんと、長さ12m巾50cm
ピンク色の節目ひとつない木肌
樹齢280年ほどの吉野杉です

吉野杉の天井

座卓の下は外国の賓客に優しく掘りごたつ式です
敷き詰められた畳には

京都迎賓館のために育成したイグサが
使われています

桐の間のたたみ

畳の真ん中あたりに
薄っすら筋のようなものが見えるでしょうか

イグサの根元の良いところだけ使うため
真ん中で継いでいます
「中継表」 (なかつぎおもて) という技法だそうです

イグサの善し悪しは、変色が無く
根元から先端迄充実して
太くて長い物が良いとされています

「桐の間」から庭を眺めて
桐の間庭30

桐の間庭230

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日本庭園は廊橋 (ろうきょう) という橋を境に
池の深さが変わっているそうです

渡り廊下20

廊橋からは「京都御苑」の森を借景に
庭園を囲む建物の全容を見渡せます

淡い色調の屋根も庭と調和しており
日本の和式美を堪能できます

中庭20

気付かれる人は少ないかもしれませんが
廊橋天井の見上げると、両端に

かわいらしい虫が透かし彫りに
片方に、チョウとキリギリス、他方にはスズムシとトンボ

透かし絵w

思わず笑みがこぼれます
こころに余裕がなければ

こんなおもしろい遊び心の演出は
浮かばなし、制作できないでしょうね

足元には優雅に泳ぐ宝石として
世界中から注目されている錦鯉は
旧山古志村で育てられました

池の鯉20

和舟と錦鯉 これが迎賓館のいい風景ですね!

和舟と鯉20

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「水明の間」 会談室として利用されます

水明の間350

池にせり出して作られた部屋は開放的で
天井を舟底に見立てたり

波紋様の絨毯を敷いたり
「水」をテーマにした装飾が特徴です

デザインは建築家の川上喜三郎さんによるものです

天井の照明に対しオブジェの面それぞれに
光が当たるように計算されています

水明の間

京指物の技術で製作しているのですが
複雑な形ゆえ、木を差し込む角度など
図面設計に時間を要しました

オブジェは全部で30個あるのですが
宙に浮いているみたいに見えます

目立たないように黒いワイヤーに変えたり
高さや傾きを調整したり
全体のバランス感は納得の仕上がりです

釘を使わず、木と木を組み合わせる京指物
ホゾと呼ばれる接着部分を
寸分の狂いもなく仕上げなければなりません

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京都迎賓館の建物や調度品には
数寄屋大工、左官、作庭、截金 (きりかね)
西陣織や蒔絵 (まきえ) 、漆 (うるしぬり) など

数多くの京都を代表する伝統技能において
匠の技を観ることができます

京都には数多くの由緒ある名勝旧跡がありますが
どちらを見ても同じような歴史 (古さ) を感じられます

しかし京都迎賓館には現在に活きる私たちに
「現代和風」のありのままの姿を見せてくれ

歴史から受ける感動、感銘とは違った
あたらしさから生まれる「おもむき」が感じられます

京都迎賓館の建設費は260億円
けっして税金の無駄使いとは思いません

 この国をダメにした為政者たちの
 税金の無駄使いを止められたら・・

 消費税 (国民負担) なんかなくてもいいのに 
 いつからこんなにも情けない国になってしまったのか

 力のない私たちの小さな一票が大きな力となり
 過半数を得て議論もせず数で押し通す様な 
 暴挙を繰り返す独裁に近い政党をなくし

 正当な国会議論ができる国会に
 この国が手遅れになる前に戻さないと
 
 多くのかけがえのない犠牲と揺るぎない努力を
 尽くし続けてくれた、私たちの先人たちに
 たいへん申し訳けないと思います

 昨年、沖縄に行って痛感したのですが
 1971年春、本土返還前、米軍統治下で見た

 あの「悲しすぎる風景」から
 りっぱに立ち直った姿はすばらしい・・

 けっして時間を戻してはいけないと
 旅中、ずっと思い続けていました

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 すべての物が超一流の職人が手がけており
 たくさんの時間を掛けられて創作されたものが
 公開されて、凄く見応えがあります

 贅を尽くした和の建築や調度品を見て
 思わずハッとし、あまりの美しさに
 ため息が出てしまいます

 またそれらが現役で、これから1000年先までも
 海外からの来られる国賓の方々への

 「おもてなし」のために使われていくことを
 誇りに思い、驚きと感銘を隠せません・・

 外国の賓客を「おもてなし」をする場所として
 純和風建築や人間国宝作家たちの

 芸術作品の展示もされており非常に見応えがあり
 是非おすすめします!

 京都迎賓館は一般公開されて14年になります
 歴史は浅く感じられるかもしれないのですが

 日本の伝統的な歴史建築が隅々にまで施されていて
 日本の美的建築や匠の技のすばらしさを
 体感することができます

 一歩引いて相手を立てる京都人からも
 「はんなりとした京の品位が漂う場所」
 と高い評価を受けているらしい

 「はんなり」という言葉は京都ならではの方言
 「華 (はな) なり」が転じて「はんなり」と発音するようになり

 「華やかでありながら気取りがなく
 上品さと気品を兼ね備えてるさま」を表す言葉です

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京都迎賓館を出て、「大宮御所」の前を
「清和院御門」から「京都府立医科大学構内」を通って

懐かしい鴨川公園へ
平安京遷都の時代、ここが都の東端だったそうです

穏やかな日差しの中、遅い昼食

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昼食後、2016年から一般公開された「京都御所」へ
長い塀に沿って、玉砂利の道を重い足取りで
遠くに蛤御門(はまぐりごもん)が見えています

京都御所の塀30

「京都御苑」はいつでも自由に入ることができます
大きさは東西約700m、南北約1300m、広さは約91万㎡、約19万坪
江戸時代には約140もの宮家や公家の邸宅があったそうです

「京都御所」は「京都御苑」の一角にあり
他に、「仙洞御所 (せんとうごしょ) 」があります

「京都御所」は14世紀中ごろの南北朝時代に北朝の内裏として
定着しました

光厳 (こうごん) 天皇が即位された1331年 (元弘元年) から
明治天皇が即位され翌年、東京に遷られる
1869年 (明治2年) まで皇居とされていました

尚、大正天皇、昭和天皇の即位礼は
ここ「京都御所」で行われました

しかし、現在の建物は幾度か火災による再建行われています
1853年 (嘉永6年) ペルーが黒船を率いて浦賀に来航した2年後
1855年 (安政2年) にほとんど再建されたものです

それでも、平安時代から続く建築様式を受け継いできた
天皇制と日本文化を伝えています

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「清所門 (せいしょもん) 」が「京都御所」の入り口になっています
皇宮警察本部に所属する皇宮護衛官という
おまわりさんが京都御所を守っておられます

宜秋門 (ぎしゅうもん)  西門です 内裏から大内裏へつながります

宜秋門25

「御車寄 (おくるまよせ) 」で貴族たちが利用した玄関です
京都御所 (天皇) に面会を許された者の来訪時の玄関です

御車寄dw

唐門 (からもん) 様式で美しい装飾が施されて
他の唐門より格式の高さが感じられます

この門から「諸大夫 (しょだいぶ) の間」、殿上の間、清涼殿に
つながっています

「諸大夫の間」
京都御所 (天皇) に面会するために御所を訪問した者の控え室

襖の絵にちなんで格式の高い順に「虎の間」,「鶴の間」,「桜の間」と
呼ばれる三室が東から並んでいます

諸大夫の間dwc

紫宸殿へつながる左側の門です

月華門dw25

京都御所の南門 「建礼門 (けんれいもん) 」です
京都御所の正門で,天皇陛下のご通行のほか
外国元首などの国賓の来訪のときに使用されます

建礼門dw30

「紫宸殿 (ししんでん)
即位式などの重要な儀式を執り行う最も格式の高い正殿で
入母屋桧皮葺の高床式宮殿建築です

中央に天皇の御座「高御座 (たかみくら)
その東に皇后の御座「御帳台 (みちょうだい) 」が置かれています

紫宸殿70

現在の高御座と御帳台は
1915年 (大正4年) の大正天皇の即位礼に際し
古制に則って造られたものです

「今上陛下」の即位礼の際には
東京の宮殿に運ばれて使用されました

「紫宸殿扁額 (へんがく)
紫宸殿扁額

「清涼殿 (せいりょうでん)
入母屋桧皮葺の寝殿造りの建物で

平安時代に天皇のご生活の場であった時代の様式を
復元して建てられています

清涼殿dwc30

中央には,天皇がご休息に使われた御帳台が置かれ
その手前の厚い畳が「昼御座 (ひのおまし) 」と呼ばれ
天皇が昼間お使いになった御座所です

「御帳台 (ごちょうだい)
御帳台w30

「小御所 (ごごしょ)
将軍慶喜 (よしのぶ) は、1867年 (慶応3年) 10月14日に
「大政奉還」を上奏し (翌15日に勅許(ちょっきょ=天皇の許可))

260年以上にわたって幕府 (徳川将軍家)
保持していた政権を朝廷に返上する旨を表明した

慶喜は幕府体制の行き詰まりを自覚したが
天皇の下に一元化される新体制において
自らが主導的役割を果たす道を見出そうとしたそうです

王政復古の大号令が発せられた日の夜
ここで「小御所会議」が行われ

徳川慶喜の「辞官納地 (じかんのうち=官職を辞し土地を天皇に返納する)
が一応決定された

小御所20

一般的には「王政復古」は、
薩摩・長州など倒幕派の勝利と受け取られていますが

慶喜をはじめ越前・土佐・尾張などの親幕派の執拗な抵抗により、
「辞官納地」は次第に骨抜きとされ

倒幕派の思惑通り事態が進んだわけではありません
結局倒幕派が完全に主導権を握るのは

翌年1868年 (慶応4年/明治元年) 初めの「鳥羽・伏見の戦い」から始まる
「戊辰 (ぼしん) 戦争」まで待たねばならなかった
幕末から明治維新への名場面です

私は幕末の激動の舞台であった事に関心が強く
今回の訪問でも「王政復古の大号令」や

「小御所会議」など、歴史の舞台となった場所を
興味深く歩いてみて
動乱に時代を顧みることができたようです

「御池庭 (おいけにわ)
池を中心とした回遊式庭園です
前面は洲浜で,その中に舟着への飛び石を置いています

御池庭40

右手に欅橋 (けやきばし) が架かり
対岸には樹木を配し,様々な景色を楽しむことができます

欅橋 (けやきばし)
庭もこの700年ぐらい基本的には変わっていないそうです

それにしても、木々が大きいです

欅橋40

「蹴鞠の庭 (けまりのにわ) 」このぐらいの広さが必要らしい
庶民の家では無理ですね!

蹴鞠の庭30

「御学問所 (おがくもんじょ)
入母屋桧皮葺(ひわだぶき)の書院造りの建物で

皇族の子女の親王または内親王の
資格を与える親王宣下 (しんおうせんげ) や御進講 (講演)

月次の和歌の会など学芸に関する行事のほか
臣下との対面にも用いられていました

御学問所130

日本庭園
庭11c40

「御常御殿 (おつねごてん)
徳川家康が江戸城に入った1590年(天正18年)から天皇のお住まいになっていたそうです

神器を収める部屋や寝室など15部屋あり
すべて畳敷きの豪華な御殿です

御常御殿c30

「御涼所 (おすずみしょ)
天皇の夏季納涼のための御座所です

御涼所10

東からの風を受けるために東面が広く造られて
奥には茶室も備えているそうです

公開されているところ見て回って最終退出時間の16:00が
迫ってきています

本日は京都御苑の内を散策しましたが
御苑内はとにかく広いです
下の写真の様に疲れた顔で帰路につきました

清所門へ向かう途中の庭園で
清所門への公園40

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「京都御所」の庭園は細やかに手入れされた
木々1本の美しさを見るにつけても価値がある
と思えるぐらいに素晴らしいです

松の立派な枝ぶり、木々の手入れの素晴らしさに
感動するほどです

「宜秋門 (ぎしゅうもん) 」などの
檜皮葺き (ひわだぶき) を見ても、気配りのできる職人が
沢山いらっしゃると思い、嬉しくなります

日本人である事の喜び、日本文化への誇りと理解を
是非、ご確認ください

これからも
自然と対話し、喜びと感謝の気持ちを抱きながら
日々を送って行きたいと思います

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いつも閲覧いただきありがとうございます。本会のメンバーは時に、全員で。時に、隣の人とふたりで会話を交わす、素敵な処に集う大人だからか? 話の引き出しも多ければ、合いの手も心地よく、ちょうど良い塩梅をしっかりと身に付けています。   この会ならではの連帯感があり、みんなでいい場を作ろうという気が感じとれます。   改めて、この空気感が再会できる楽しみとやすらぎ感を与えてくれると確信させてくれます。

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